この町内の片隅から

よく分からない

食べるということ

食べられない子どもでした。
そのまま成長して、あまり食べられない大人になりました。



通っていた保育園では月に1〜2回、ご飯給食の日がありました。
炒飯です。
味付けご飯は特に苦手でした。
分量も多いので持て余し気味でした。



毎日毎朝、震えながら誰にも知られぬように、神に祈っていました。



(神さま、今日は炒飯が出ませんように、アーメン)
保育園で教えて貰った通りに、お祈りしました。



必死の願いが聞き届けられる日もあれば、打ち砕かれる日も
ありました。
神は本当に存在するのか?疑うようになったのは、この頃からです。



ある日、昼近い時間、給食室から漂ってくるこのにおい?
まさか?今朝も一生懸命にお祈りしてきた筈なのに…
悲しい疑いを打ち消しながら、泣きそうな思いで運ばれてくる給食を遠目から見て
絶望しました。大袈裟かも知れませんが目の前が暗くなりました。
ヘナヘナとその場に崩れ落ちそうでした。



しばらく登場していなかったのに、今日は例の炒飯です。



言葉もなく突っ立っていましたら、
その時、突然、園の教室に母と母方の祖父がニコニコしながら入ってきたのです。


他県に住む祖父が急に遊びに来たらしく、2人で早めに迎えに来てくれたのです。



びっくりしましたが、どんなに嬉しかったことでしょう。



2人から神々しい光が差して見えました。
(神はこんな身近にいた?)
市内のデパートに行ってワンピースを買ってもらい、デパートの食堂で
ご飯を食べて帰りました。安心したのかいっぱい食べられました。
とてもおいしく頂けました。



元々、食が細いのは生まれ持った体質、特質だと諦めています。
人はそれぞれ少しずつ違うのでしょう。


それほど食べなくても生きていける体質なのかも知れないです。
随分前から朝はだいたい果物だけです。
果物はわたしには必要ですが(意味もなく、何となくそんな気がするだけ)
それを除いたら、1日一食でも大丈夫です。



食べられなくなる大きな原因は、わたしの場合、気持ちの問題が大きいです。



食べなくちゃ!
食べなきゃいけない!1日3食食べなくちゃ!
そういったプレッシャーや気がかりがスッと外れると、ホッとして急にお腹が空きます。
気持ちが整ってくると、きちんとおいしく食べられます。


緊張が空腹を超えると空腹感を感じません。



近所のクリニック前の地面の写真を妹に送ったら、素敵に
お化粧して返してくれました。
この口にも何か食べさせてあげたいです。



電車と駅のことを書こうと思っていたのに、なぜか超脱線しました。