この町内の片隅から

よく分からない

骨董市

『ちょっと!あなた!お待ちなさい!
アタシを見るのよ!』


突然呼び止められ、きょろきょろと辺りを見回しましたが、
誰もいません。
(空耳かしら?
それにしても随分はっきり聞こえたわ?)


『空耳なんかじゃなくってよ!アタシよ! ア・タ・ク・シ!
あなたの直ぐ目の前よ。
ボッ〜と通り過ぎるんじゃないわよ!』



夜半過ぎまで、ビュービューと吹き付ける風が、
窓枠を絶え間なくカタカタと揺らしていました。


日差しはたっぷりあるのですが、
昨夜からの強い風が残る寒い朝でした。
ベランダに出てみると、捲り上げた袖からはみ出た腕を
冷たい空気がヒンヤリと撫でていきます。


今日は、以前から行ってみたいと思いながら、
なかなかその機会がなかった骨董市が開催される日です。


突き刺すような外気に怯みそうになりましたが、
もこもこマフラーに手袋、厚手の靴下、
3月も半ばというのに、真冬と変わらない完全防備で
ホームに到着した電車に乗り込みました。


地下鉄の出口からすぐにある観音様の境内には、幾つもの急拵えの露店が
敷地いっぱいに広がっていました。



赤い鳥居に近い店の脇を通り過ぎようとした時、
突然、高飛車な調子で呼び止められたのです。




『やっと気づいたわね。
アタシみたいにキレイで上品で美しくて教養のある女は
そんじょそこらの人間に買ってもらっちゃ困るのよ。
ようやく見つけたわ!
あなた!そう!あなただったら何とか許容範囲だわ。
紙屑みたいな紙幣とアタシを交換なさい!
アタクシは紙屑なんかより大変な価値があることよ!』


『お母さま、あまり興奮なさると血圧が…』


『あ!これはアタシの娘なの。心配性なのよ。
心配したってコトが起こる時は起こるし
起こらない時は起こらないっつ〜の。
アホみたいに心配ばっかしてんのよ。なにしろアホだから』


『お母さま、つい先日もお医者さまに血圧のことで注意されたばかり…』


『おだまんなさい!血圧の基準値を最近また下げただけよ!
どうにでも操作できるのよ、あんなもん!
騙されるんじゃないわよ、健康診断なんて行くもんじゃないわ。全く〜』




3000円と値札が付いている、小煩い彼女を連れ帰らねばならないのか?
身動きが取れず困惑しておりました。
娘は?小さい娘はおまけで貰えるのかしら?
離れ離れになっては可哀想です。


その時。

バタン!

口から泡を吹くほど捲し立てていた彼女が大きな音を立てて
パッタリと仰向けに倒れました。


驚いて後退りする娘。



先ほどから露店の周りをウロウロしているチェックのシャツの男性は、
すぐ目の前で起きた惨事に気づかず、
のんびりとした顔つきでゆっくり通り過ぎようとしています。



『だから興奮してはダメと申し上げましたのに…
お母さま!お母さま大丈夫でございますか?』


返事がありません。


どんな時も表情が変わらぬというのは人形の持つ宿命ですが、
この場合、それは不気味にしか見えません。


突然倒れたというのに
ぱっちり開いた大きな目
黒々した長いまつ毛
美しく弧を描く眉


楽しげに微笑みかける柔らかな口元


ぷっくりと豊かな頬


高く上げた短い両腕は嬉しそうにさえ見えます。




『お母さま!お薬を盗って参りました』



いつの間に?
目にも止まらぬ速さで、境内の別の店から薬の箱を掠め取ってきた
母思いの娘が、倒れている母の口に何やら得体の知れない液体を注ぎ込み、
事なきを得ました。


いやはや、骨董市とは、なんでもありです。




『どうせあなた売れないでしょ?次回の開催までに考えとく。
絶対また来るから』


と約束し朝方より賑わいを見せ始めた市を後にしました。


ごちゃごちゃと纏まりがなく、
カオスな空間が心地いい、月に一度の骨董市での出来事でした。






おまけ画像


古民具、陶磁器、漆器、掛け軸、昭和のおもちゃなどが所狭しと並ぶ
骨董市は、妄想に打って付けの素敵な空間でした。


先日、骨董市に出かけたのは事実ですが、妄想混じりです。