この町内の片隅から

よく分からない

サンドイッチの朝日屋

あさこ

「通ってみようかな…」


帰り際、息子がボソッと漏らした一言に、心が躍った。

心の中に居座っていた重い石が、ポロッと転がり落ちた気がした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


そこは、ところどころ、シャッターが閉まる店が並ぶ商店街の中ほどにあった。

一歩中に入ると、コンクリート敷きの床の上、無造作に並べられた長机に、古ぼけたパイプ椅子。

道に迷うことを懸念して、近所のコンビニまで迎えに来てくれた、若い先生と向き合った。

壁に沿った大きな本棚には、進路案内の資料やら、各大学の赤本やら、問題集、参考書、

評判の小説、そしてなぜか懐かしい童話や絵本まで並んでいる。


開けっぱなしの扉の向こうの部屋には、女の子が2人。

中学生か高校生くらいだろうか。

背を正し、熱心にパソコンに向かっている。


息子が、高校に行けなくなって、半年が過ぎた。

この日、伝手をたどって、電車で四駅ほどにある、フリースクールの見学に訪れた。


ともすれば、昼夜逆転し、伸び切ったジャージのまま家に籠もりがちな彼だが、今日は、こざっぱりした紺のポロシャツにベージュの長ズボン。

爽やかな秋の日差しの下、幼かった頃のように、一緒に歩き、一緒に電車に乗った。

さっきから、そんな些細なことで胸がいっぱいになっている。


登下校の高校生を見かけると、目をそらしたくなる毎日だった。

うちの子は、この時間、たぶんまだ布団にくるまっているだろう、と思うとやりきれなくなる毎日だった。


今日、フリースクールの見学をしたからといって、今後の見通しが明るいとは限らない。

だけど、とにかく、一緒に外に出られたことが嬉しかった。


帰り道、商店街の外れに、サンドイッチの店があるのに気づいた。

【フルーツサンド 御進物品 サンドイッチの朝日屋】

と看板がある。


可愛らしい外観に引きずられるように、店の中に入った。

2、3人も入れば満員になってしまうような小さな店内。

ショーケースには、カツサンド、ポテトサンド、ハムサンドなど惣菜系のサンドイッチのほか、いちご、バナナ、みかん、ブルーベリー、キウィ…白いクリームと、色とりどりの果物を挟んだフルーツサンドイッチもたくさん並んでいた。

餡や白玉を挟んだ珍しいサンドイッチもある。

一体何種類あるんだろう。

何時から、作っているんだろう。

個人の店で、こんなにたくさんの種類を作るのは大変だろうな。

目移りしたが、キャベツたっぷりのカツサンドと、鮮やかないちごのサンドイッチを選んだ。


鬱屈したものを抱えているせいか、

学校に行けなくなってからの息子は、わたしの作る食事を拒否することが多かった。

用意した食事にラップをかけて、いつでも食べられるようにしていたが、

ほとんど手をつけることはなかった。

家族が寝静まってから、コンビニに走り、カップ麺やらパンを買ってきて、

部屋でひっそりそれらを口にしているようだった。


心配だった。


家に帰ってから、サンドイッチの包みを広げた。


テーブルに座って、サンドイッチを口にする。


「おいしい!」


わたしの目の前で、サンドイッチにかぶりつく息子を見ていたら、胸がいっぱいになって

ほとんど食べられなくなった。


あれから何年経っただろう。


もう一度食べたい。

あの店に、もう一度行ってみたい。

思うだけで、なかなか機会がなかった。


つい先ごろ、あの店が閉業したと聞いた。

そう聞いても、自分の目で見るまで信じられなかった。

てか、信じたくなかった。


やっと訪れることができたのは、先日の雨の日だった。


…そうか、あのサンドイッチたちはもう居ないのか。


ショーケースに並ぶ賑やかな色彩のサンドイッチ

迷って迷ってなかなか決められなかったサンドイッチ


【フルーツサンド 御進物品 サンドイッチの朝日屋】


そんな風にあった可愛い看板もごっそり剥がされてしまった。

看板跡が痛々しい。

固く閉ざされた扉。



ボッーと眺めていたら、雨足が強くなってきた。


サンドイッチの朝日屋さん、あの秋の日、ありがとう

サンドイッチ、息子と一緒に食べたよ


長いことお疲れさまでした

ありがとう

痛み

あさこ

雨続きの影響もあるのだろうか。

じわじわ腰が痛くなってきた。

何年も前、ちょっとしたことで傷めた箇所。

腰から背中にかけてイヤな痛み。


あー憂うつ。

何とかならないかと、腰の痛み解消動画、いや?これって背中の痛みか?

何でもいい。よくなれば何でもいい。

動画をみながら片っ端から体操してる。

毎日毎日。

やりすぎか?あまりよくならん。

しかし、何もやらないと不安。

程度が分からん。

あーもうめんどくせー。

自分でやるのってめんどう。


ゴロンと寝転んでるうちに、誰か『神の手』持つ人(神?)ちょこちょこって

良くしてくれんかな。


痛いとかつらいってこと、ついつい漏らしたら、

(他にもマジでつらいことある)

ある人に言われた。


「この前、ある講演会に行ったんだけど、何かのワクチンの後遺症で記憶も失って、

車椅子生活になった被害者の女の子の話だったよ。

側からみたら悲惨だけど、その子、あかるいんだよ。自分が恥ずかしくなった」


そうなんだ。

世の中には、いろんな人がいるんだね。


もっとつらい人もいるんだよね。

そうだろうな。


けど、あんまり響かなかった。

そりゃ、つらい人はいるだろうけど、わたしはわたしの痛みがつらい。

痛みとか苦しみって、比べるもんかな?

なんて、もやもやしただけだった。


自分は、痛みに弱い。

めちゃくちゃ弱い。

最初からハンデがある。

子どもの頃、指についたイチゴの汁を血だと思って泣き叫んでた。

痛い気がした。怖かった。

だって血は怖いもん。

痛みも怖い。

誰が何と言っても怖いもんは怖い。

長引く痛みは、徐々に気力を削ぐ。

そんなの誰とも比べられない。

人のことなんかどうでもいい。


心の中でこっそり

(うるさーい)

って罵ってしまった。


ほーら、やっぱり気力が削がれつつある。


がんばれ。

今日も何とかほぐしてみよう。

何ともならなくなったら、鍼灸院でも行くしかない。

あーそうしたら、今度は懐が痛いなぁ。


あー魔法使いになりたいよ。

魔法使いになっちゃったら、こっちのもんだ。

まず自分の不具合をチョチョイのチョイって治す。

そりゃ自分が第一だもん。


ついでに、そこら辺で痛がってる人もチョチョって治したる。

ついでにね。

魔法使いは金いらんから(たぶん?)無料で治したる。

ありがたく思えってんだ。


そいで、この地上はいろいろ面倒だから、さっさと脱出する。

ひょいと空に浮かんで、宙を舞う旅人になるのだ。


わーい!脱出だー!


(昨日から腰が痛いけど、何とか取り繕ってるレトロお姉さん)

アマリリス

あさこ

【フィクションです】

5月 艶やかなアマリリスに巡り会いました


王妃さま ロザリーでございます。

王妃さまが最後にお過ごしになられた、コンシェルジュリーでお世話係を務めさせていただきました、ロザリーでございます。


王女さま、王子さま、そしてお義妹さまとも引き裂かれ、文字通り、この世でただおひとりになられた王妃さまが、おいたわしくも切なく、わたくしに出来ることがございましたら、

少しでもお力になりたい、など不遜な思いを抱いておりました。


最後の最期まで、あなたさまは王妃さまでいらっしゃいました。

フランスの王妃さまでいらっしゃいました。


「ロザリー、人はいつか死なねばならぬものですわ。

大事なのは、どのように死ぬかですもの。

わたくしはフランスの王妃として死にたいと考えています」


あなたさまは、そのお言葉通り、フランス王妃として気高く旅立たれました。


「ロザリー、わたくしは人の表と裏を知りすぎました。もう二度と人間に生まれ変わることはないでしょう。

いつかロザリーが異国で生まれ変わったら、わたくしを見つけてくださいな。

人間ではなく、別の命をいただきとうございます」


「わたくしは、『この時代のフランス王妃として生きたい』

この世に生を受ける前、そのように願ったかもしれません。

やり直しのきかない舞台で、フランス王妃という役を演じ、

軽やかに踊ってみたかったのです。

…きっと。

最期まで、演じ切らねばなりません。

わたくしたちは、この地上で、それぞれが望んだ役を演じているだけかもしれませんね。

そう思えば少しは気が楽になります。

…ロザリー、居てくれてありがとう。

感謝します」


あなたさまは、寂しい笑顔を浮かべて、そんなこともおっしゃいました。


そして…わたくしは今日、232年の時を経て、再び王妃さまにお目にかかることができたのです。


一目で王妃さまと分かりました。



わたくしの身体を稲妻が走りました。


王妃さま、こんな近くにいらしたんですね。


わたくしの頬をツゥーっと伝うものがございました。