この町内の片隅から

よく分からない

ビフォーアフター



2月上旬の画像
濃い桃色を思い浮かべながら撮りました



最近の画像


時季を逃してしまったので、緑の葉っぱ混じりになってしまいました
この駐車場の片隅を濃い桃色に染める『花桃』です。
名所でも何でもありません。人通りも少ないこの場所に咲く花を
気に留める人も居ないと思いますが、
開花の少し前から、毎年この花を楽しみにしています。



駐車場の入り口にこんもり咲く『木香薔薇』
何枚か写真を撮っていましたら、
道路を挟んだ向かい側に店を構える酒屋さんの
奥さまが、花鋏片手に出ていらっしゃいました。
痛みがあるのか、左手で腰をさすってみえます。


『勝手に撮ってすみません』


『いいのよ。すこし切って持ってく?』


この場所で咲くのがいちばん綺麗で相応しいので、
丁重にお断りしました。


動植物名は、カタカナ表記するのが一般的ですが、
漢字というのは不思議なもので、その花の持つ色や香りや特徴を力強く
重厚に表すように思います。




桃色のなまえは知りませんでした。
酒屋の奥さまにお聞きしました。


『花桃』


はなもも…花桃…花桃…覚えたての花のなまえを
舌先で甘く転がしました。


毎年ここだけポッと桃源郷のようです

花火


『こちらです。どうぞ』


枯葉色のドアを開け、中に入る不動産屋さんに続き、
半畳ほどの狭い三和土に立ちました。
1Kの部屋全体に立ち込めるムッと異様な匂いに、
暫し言葉を失くしました。


20代前半の頃、実家を出てひとり暮らしをするため、
駅近の手頃な部屋を探していた時のことです。


(帯に短し襷に長しとはこのことか…)


ここ1ヶ月ばかり、週末になると条件に近い部屋の内見に足を運ぶのですが、
なかなかピンと来る物件に巡り合うことができませんでした。


きょうは2件の見学を予定しています。
2件目の部屋に入った途端、むせかえるような匂いに驚きました。


相場の半値近いこの部屋は、いわゆる『事故物件』と呼ばれるものです。


格安の家賃に釣られ『事故物件』でもいいや、とにかく見てみよう、
と見学に訪れたのですが、全体に立ち込めるお線香の匂いに怯みそうになりました。
四隅には白い小皿に盛った塩が置いてあります。

(いくら安くてもダメだ、この匂いだけで怖い)


背中を向けて外に出ようとしました。




そのとき正面のカーテンの隙間から
きっちり正座をした誰かが、こちらを見ていることに気づきました。

あぁ、あの人が成仏できない仏さまなのか…


怖くも不思議でもなく、その誰かを見ただけで、

そういうこともあるだろう、と
スッと腑に落ちました。

イヤな気配は全くしません。

禍々しい恨みも感じません。

ただ、途方もない悲しみと孤独がじんじん伝わってくるのです。




こんな寂しい色を見たことがない
こんな寂しい色がこの世にあったのか
こんな孤独を感じたことがない


この世のものではない、その霊から滲み出るとてつもない寂しい色に
見ているこちらまで泣けてくるほどでした。


『あの…ここに決めました』


考えるより先に、言葉が口をついて出ていました。


『え?よろしいのですか?記載の通りこの部屋は…』


驚く不動産屋さんを遮り、


『いいんです。だからここに決めるのです』




寂しい霊と、何をやっても不器用なわたしの同居生活が始まりました。


同居と言っても関わることは特にありません。
霊は寂しさと孤独を抱え、いつも静かに座っているだけでした。
わたしは時折、

(いい天気だね)


なんて声を掛けるのでした。




月日は淡々と過ぎ、また暑い夏がやってきました。
今夜は、地元の大きな公園で花火大会が開催されます。
2階のベランダから花火が見られるかも知れない、
人混みが苦手なわたしは、急いで部屋に帰りました。
早めの風呂と晩ごはんを済ませ、団扇片手にベランダに立ちました。


パーンパーン!
そろそろ始まるかな
ギラギラと敵意むき出しの昼間の暑さとは違い、サラリと
過ごしやすい夜風が吹いています。
賑やかな花火の音を耳にした霊は、ふわふわとわたしの隣に立ったようです。


(一緒に見よう)


幾つもの打ち上げ花火がパーンパーン!夜空いっぱいに舞い上がっては

シュルシュルと消え、舞い上がっては消え…
どれほど時間が経ったことでしょう



(キレイだったな)

静けさを取り戻した夜空を眺めていると、
お酒でも飲みたくなりました。
(買い置きの日本酒があった筈だ)
コップに注ぎ、冷やのままゴクッと頂きました。
おいしい


戸棚からもうひとつコップを取り出しました。
半分ほど日本酒を注いだコップを
隣に座る霊に、

『どうぞ』


彼は微かに笑ったかのように見えました。



この部屋に入居した頃は、思わずもらい泣きするほど寂しい色を纏っていた
霊ですが、きょうは鮮やかな朱色や優しげな萌黄色が見え隠れします。
酔いが回って、そう見えただけかもしれません。
花火の残像が残っていたのかもしれません。



お酒に弱いわたしはいつの間にか眠っていました。


目を覚ましたときは、ジージーという蝉の大合唱、
いつもと変わらない夏の朝です。


『しまった!歯みがきするの忘れた』


カーテンをシャッと開けると、
青い空、眩しい日差し、今日も暑い1日になりそうです。



慌ただしく、うがいして歯みがきをしてお湯を沸かしながら、
妙なことに気がつきました。
部屋全体が何だかスッキリしているのです。


霊は?霊?


いつもの場所に座っていません。
どこにも気配がありません。


もしかしたら、夜空に上がっては消え、消えてもまた上がる
花火に元気をもらって然るべき場所に帰ったのでしょうか。
彼の寂しさと孤独は、花火と一緒に消え去ったのかもしれません。




時間に遅れそうでしたので、何も食べず慌てて出かけました。


帰ってから、昨夜飲んだお酒のコップを片付けようとしましたら、


霊の前に置いたコップはすっかり空になっていたのです。




そうだったのか…
それだったら、溢れんばかりになみなみと注いであげたらよかった…
いくらでも注いであげたらよかった…


奇妙な同居人が、突然居なくなった寂しさも手伝い、
一筋の涙がツーっと頬を伝いました。


※ 事故物件の部屋を見学したことは事実ですが、ほぼ妄想です

フェンス越しの線路

誰かに言いたくて仕方なかったのかもしれません。


『浮気』
『不倫』
『相手はシングルマザー』
『探偵事務所』
『弁護士』
『慰謝料』

一旦口火を切ったら、歯止めが効かなくなったのでしょう。


怒涛のように聞きなれない言葉が次から次へと
耳に流れ込んできました。


時には静かに、時には諦めたかのように淡々と、
しかし、すぐに復活して叩きつけるような太鼓のリズム。


いままで蓋をしていただろう感情が、
シュルシュルビュンビュンと
絶え間なく流れ込んできました。


途中から耳を塞ぎたくなりましたが、席を立って帰るわけにも
いきません。




久しぶりに会った友だちの話題のひとつは、
数年前、ご主人がされたという不倫の顛末でした。


黙って聞いて、黙って帰りました。



非常に疲れた気がします。
その日から約2週間、どうも調子がよくありません。
人のせいにしてはいけませんが、
彼女のしたたかな生命力に圧倒されたのかもしれません。




同じ立場だったら?と考えました。


わたしだったら面倒なので
たぶん放置するでしょう。


人の気持ちを支配することなんて出来ないし、
なるようにしかならない、と
思うかもしれません。


考えるのも面倒ですし、
例えば、その筋の専門家に依頼して、真実を暴いたところで
虚しくなるだけのような気がします。



外野だから、
他人事だから、
そんなことが言えるのでしょう。



この世には『知らない方がいいことがある』
そう思っています。



『本当のことでも言わない方がいいこともある。
墓場まで持って行かねばならないことがある。
何事も一つ所に留まるモノはない』


寂しいですが、そんな風に思っています。


フェンス越しの線路