この町内の片隅から

よく分からない

痛み

あさこ

雨続きの影響もあるのだろうか。

じわじわ腰が痛くなってきた。

何年も前、ちょっとしたことで傷めた箇所。

腰から背中にかけてイヤな痛み。


あー憂うつ。

何とかならないかと、腰の痛み解消動画、いや?これって背中の痛みか?

何でもいい。よくなれば何でもいい。

動画をみながら片っ端から体操してる。

毎日毎日。

やりすぎか?あまりよくならん。

しかし、何もやらないと不安。

程度が分からん。

あーもうめんどくせー。

自分でやるのってめんどう。


ゴロンと寝転んでるうちに、誰か『神の手』持つ人(神?)ちょこちょこって

良くしてくれんかな。


痛いとかつらいってこと、ついつい漏らしたら、

(他にもマジでつらいことある)

ある人に言われた。


「この前、ある講演会に行ったんだけど、何かのワクチンの後遺症で記憶も失って、

車椅子生活になった被害者の女の子の話だったよ。

側からみたら悲惨だけど、その子、あかるいんだよ。自分が恥ずかしくなった」


そうなんだ。

世の中には、いろんな人がいるんだね。


もっとつらい人もいるんだよね。

そうだろうな。


けど、あんまり響かなかった。

そりゃ、つらい人はいるだろうけど、わたしはわたしの痛みがつらい。

痛みとか苦しみって、比べるもんかな?

なんて、もやもやしただけだった。


自分は、痛みに弱い。

めちゃくちゃ弱い。

最初からハンデがある。

子どもの頃、指についたイチゴの汁を血だと思って泣き叫んでた。

痛い気がした。怖かった。

だって血は怖いもん。

痛みも怖い。

誰が何と言っても怖いもんは怖い。

長引く痛みは、徐々に気力を削ぐ。

そんなの誰とも比べられない。

人のことなんかどうでもいい。


心の中でこっそり

(うるさーい)

って罵ってしまった。


ほーら、やっぱり気力が削がれつつある。


がんばれ。

今日も何とかほぐしてみよう。

何ともならなくなったら、鍼灸院でも行くしかない。

あーそうしたら、今度は懐が痛いなぁ。


あー魔法使いになりたいよ。

魔法使いになっちゃったら、こっちのもんだ。

まず自分の不具合をチョチョイのチョイって治す。

そりゃ自分が第一だもん。


ついでに、そこら辺で痛がってる人もチョチョって治したる。

ついでにね。

魔法使いは金いらんから(たぶん?)無料で治したる。

ありがたく思えってんだ。


そいで、この地上はいろいろ面倒だから、さっさと脱出する。

ひょいと空に浮かんで、宙を舞う旅人になるのだ。


わーい!脱出だー!


(昨日から腰が痛いけど、何とか取り繕ってるレトロお姉さん)

アマリリス

あさこ

【フィクションです】

5月 艶やかなアマリリスに巡り会いました


王妃さま ロザリーでございます。

王妃さまが最後にお過ごしになられた、コンシェルジュリーでお世話係を務めさせていただきました、ロザリーでございます。


王女さま、王子さま、そしてお義妹さまとも引き裂かれ、文字通り、この世でただおひとりになられた王妃さまが、おいたわしくも切なく、わたくしに出来ることがございましたら、

少しでもお力になりたい、など不遜な思いを抱いておりました。


最後の最期まで、あなたさまは王妃さまでいらっしゃいました。

フランスの王妃さまでいらっしゃいました。


「ロザリー、人はいつか死なねばならぬものですわ。

大事なのは、どのように死ぬかですもの。

わたくしはフランスの王妃として死にたいと考えています」


あなたさまは、そのお言葉通り、フランス王妃として気高く旅立たれました。


「ロザリー、わたくしは人の表と裏を知りすぎました。もう二度と人間に生まれ変わることはないでしょう。

いつかロザリーが異国で生まれ変わったら、わたくしを見つけてくださいな。

人間ではなく、別の命をいただきとうございます」


「わたくしは、『この時代のフランス王妃として生きたい』

この世に生を受ける前、そのように願ったかもしれません。

やり直しのきかない舞台で、フランス王妃という役を演じ、

軽やかに踊ってみたかったのです。

…きっと。

最期まで、演じ切らねばなりません。

わたくしたちは、この地上で、それぞれが望んだ役を演じているだけかもしれませんね。

そう思えば少しは気が楽になります。

…ロザリー、居てくれてありがとう。

感謝します」


あなたさまは、寂しい笑顔を浮かべて、そんなこともおっしゃいました。


そして…わたくしは今日、232年の時を経て、再び王妃さまにお目にかかることができたのです。


一目で王妃さまと分かりました。



わたくしの身体を稲妻が走りました。


王妃さま、こんな近くにいらしたんですね。


わたくしの頬をツゥーっと伝うものがございました。

カップラーメン

あさこ

【フィクションです】


「運転手さん、さっき通り過ぎたガード下の商店街、ずっと昔、いちばん奥にスーパーが入ってたのよ。ご存知?」


「あーそうですね。存じてますよ。懐かしいなぁ…ファミリーストアでしたっけ?

わたしは、この辺りに住んでたもんで、しょっちゅう使いにやらされましたよ」


「18歳の夏、捕まったことがあるんです」


思いがけないお客さんの返事に、言葉を失いましたが、黙って次の言葉を待ちました。

後部座席に座るお客さんの中には、もう会うこともない運転手相手だからこそフッと気が緩む方がいらっしゃるのです。

車の中という閉ざされた空間で、溜まった澱を吐き出す方もいらっしゃいます。


市民病院の待機所で拾ったお客さんでした。

年の頃は、70代半ば、淡いブルーのワンピースに身を包み、上品な小花柄の日傘を手に儚げに佇んでいらっしゃいました。

行き先を告げるとき、ほんの少し躊躇ってから、ここからたっぷり40分はかかる海辺の駅の名を口にされました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


中学を出てすぐ就職したんです。いえ、集団就職じゃないです。

家は菓子屋で、父は朝から晩まで菓子を焼く職人でした。

母はわたしが小学生の時、亡くなりました。

兄と弟がいますが、女に学問はいらん!と、高校にやってもらえなかったんです。

勉強が好きじゃなかったし、余裕のある暮らしじゃないことも薄々分かっていましたし、

お父ちゃんがそう言うんだったら仕方ないか、と歩いて通える電気部品の組み立て工場に就職しました。

規則的に流れてくる基板に小さな部品を挿入したり、ネジを締めたりシールを貼ったり…

誰でもできる仕事でした。


初めてのお給料、嬉しかったな〜

ひとりひとり事務室に順に呼ばれ、現金の入った封筒が手渡されます。

茶色い封筒に入った一ヶ月分のお給料。

にこにこしながら、父に見せましたら、封筒の中から一枚二枚、三枚、四枚

…父が黙って次々と抜き取っていくのです。


「お父ちゃん、どうして?」


「いつか、嫁入りするときのために貯金しといてやる」


そうして、手元に残ったのはただの一枚と小銭だけでした。


お昼はお弁当を持参しますし、服は制服です。

そんなに使うこともあるまい、と思われるでしょうが、

一年二年と経つうち、欲しいものが増えていきました。

更衣室で着替える同僚たちの洒落たブラウスやスカートは、何処に行けば手に入るんだろう?

いくらくらいするんだろう?

洗面所の鏡に映る唇に、口紅だかリップクリームだかを、丁寧に施す友だちに妬みを覚えました。

大きな画面の映画館ってとこにも行ってみたい。

商店街の洋品店じゃなくて、市内の中心部にある、デパートをのぞいてみたい。


でも、擦り切れた下着や靴下を新調したり、履き潰した靴を新しくしたり…

そんな些細なことで、手持ちのお金はすぐなくなってしまいます。

余裕ってものがありませんでした。


ある昼休み、休憩室で弁当を広げていると、どこからかとてつもなくいい匂いがしてきました。

同僚の1人がカップラーメンにお湯を注いだものをお昼ご飯に食べていたのです。

その頃、流行りだしたカップラーメンでした。

お湯を注いで3分。

テレビでもしょっちゅうコマーシャルが流れていました。

同僚を横目でチラッチラと眺めました。

いかにもおいしそうにずるずると麺を啜る同僚。

他の人の目にもおいしそうに映ったのでしょう。

次の日は、新たに2人がカップラーメンを持参しました。

その次の日は3人。

休憩室の中は、カップラーメンの匂いに包まれるようになりました。


その月は、もうお財布に数円しか残っていませんでした。


ああ一度でいいから、食べてみたいなぁ。

そんな風にぼんやり考えながら、工場の帰りに、商店街の奥にあるスーパーに立ち寄ったのです。

お財布はふたつあります。

一つは、家の家計を預かるお財布。

一つは、自分のためのお財布。

家のお財布から流用するとレシートを見せるとき分かってしまいます。

欲しいけど、お金を流用したら怒られる。

無駄なものを買ったら怒られる。


あれこれ考えながら、カップラーメンの並ぶ棚をうろつきました。

何度も行ったり来たり

ブラウスやスカートは諦められるのに、なぜカップラーメンは諦められないんだろう?

頭の中がぼっーとしてきました。


…気づいたら、通勤用のカバンの中にカップラーメンが2個入っていました。


手を伸ばした覚えはありません。


そのまま夢中で出口に向かいました。

一歩外にでた途端、ポン!と肩を叩かれたんです。


事務室の粗末なパイプ椅子にしょんぼり座るわたしを迎えに来たのは、父と兄でした。

ものすごく怒られる!

思わずキュッと身を縮めましたが、なにも言われませんでした。

カップラーメンは、父が代金を払って引き取りました。

あんなに食べたくてたまらなかったそれですが、もう食べたい気持ちは嘘のように消えていました。

たぶん、弟が平らげたことでしょう。


その後、世話してくれる人がいて、結婚しました。

5つ年上の主人は、パートの従業員が2人ばかりの小さな町工場の経営者でした。社長夫人と言えば、聞こえはいいですが、突き詰めれば給料のいらない使用人のようなものでした。

自転車操業ってやつですね。一生懸命ペダルを漕いでいるうちはいいですが、止めるとすぐ倒れてしまいます。

それでも女の子と男の子、2人の子どもに恵まれたり、姑を見送ったり、何十年も経ちましたが、結局カップラーメンを食べる機会はありませんでした。


さっき、病院の前で拾って下さいましたね。


来週、検査の結果が分かるんです。


もし何事もなかったら、今度こそ、ちゃんとカップラーメンを買ってずるずるって啜るんだ!って決めています。

熱いお湯を注いで3分。子どもみたいに、わくわくして待つんです。

3分経ちました。ドキドキしながら、そっーと薄紙を剥がします。

休憩室に広がっていた、あのいい匂いを胸いっぱいに吸い込むんです。

身体によくないって百も承知ですが、残ったスープも全部飲み干すんです。

最後の一滴まで飲み干すんです。


(画像はお借りしました)


あ!運転手さん、そろそろ着きますね。

まっすぐ帰らなきゃならないのに、突然海が見たくてたまらなくなりました。


こんな贅沢したの、初めてですよ。