この町内の片隅から

よく分からない

壱億円

『財布の中にある一番高額な紙幣を取り出してください』


(え!何が入ってたっけ?)
ごそごそ探ると、奇跡的に紙のお金が数枚入っていました。
千円札を大事に取り出して目の前に置きました。


『では、紙幣の真ん中からやや左を左の親指と人差し指で挟み、右側は右手の親指と
人差し指で同じように挟んでくださいね』


周りを見ると、皆さん高額紙幣なのでちょっと居心地がわるくなりかけながらも
紙幣を両手の指で挟みました。


『いきますよー、きょうは3枚いっちゃいますね』


ホワイトボードの前に立つ40代くらいの男性の講師は、
その手に持つ3枚の高額紙幣をいきなりビリッと破ったのです。




『引き寄せ』なるものの無料講座があると友だちに紹介されました。


それほど興味がある訳でもなく、無料なので幾分警戒しましたが、
友だちに会いたかったこともあり、講座の会場に出掛けました。
ぼんやり流しながら聞いていたのですが、中盤になって会場の空気が緩みかけた頃、
講師の男性が、


『では、お金のブロックを外します。皆さんも一緒に行ってくださいね』


と、紙幣ビリビリパフォーマンスをされたという訳です。


周りは
本当に破っている人
躊躇っている人
周囲を窺う人
さまざまでした。




下の息子が反抗的で荒れていた頃。


世の中の全てが気に食わなかったと思いますが、
その日は特に苛ついてピリピリしていました。
アルバイト先から頂いた給与袋の中から何枚かの紙幣を乱暴につかみ出し、
ものも言わずにビリビリ破り、部屋のあちこちに撒き散らしたことがあります。
引きちぎられた紙切れが、布団の上にも下にも押し入れの隙間にも机の下にも
本棚の間にも、ひらひらと飛んで行きました。


あまりの光景に怒ることも泣くこともできず、ただ気持ちを殺して、
ちぎれた紙幣を一枚一枚掻き集めました。
怖れる気持ちがあったと思います。落ち着こうと思っても震えます。
ぶるぶる震える手で、黙って紙切れを集めました。


クリアファイルに挟み、何とかなるだろうか?と銀行に持って行きましたら、
新しい紙幣と交換することができホッとしました。



『お金のブロックを外す』
と言うのであれば、もしかしたら、あのときブチっと外れたかもしれません。




もちろん大切な千円札はビリッとしませんでした。


ブロックを外すと言うことはどういうことか詳しく分かりませんが、
それが執着しないという意味であれば、
跡形もなく灰にすべきでは?と思いながら帰りました。


本も何冊か出され、知る人ぞ知る有名な方のようでした。






画像は、昨年、何処かのケータイショップのイベントで貰ったティッシュの箱です。
勿体無くて未だに箱を開けることができません。


やはり、ブロックは外れていないのかもしれません。

車内にて

電車の扉がプシューと開きました。


ホームには2人の駅員さんに付き添われた車椅子の男性。
大柄でガッチリした体格の方です。


車椅子ごと乗車するのだろうか?やや緊張しながら待ち構えていましたら、
乗車口の手前でよろよろと車椅子から降り、おぼつかない足取りながらも1人で乗車
されました。


小脇に抱えたコート、黒いビジネスバッグ、幾つものレジ袋、傘、
紙パックのお茶…(なぜかいちばん大きなサイズ)


両手に抱えきれないほど細々した荷物です。


抱えた幾つもの荷物が手に余るのか、次々と床に落とし、そして不器用に
拾うといった動作を繰り返されます。


まだお若い感じで、お身体の何処かが不自由にも見えません。
妙な雰囲気に息を呑みながら様子を窺っていました。



夕方のラッシュ時には少し早い時間帯。


混み合っているほどではありませんが、座席はいっぱいです。
シートのいちばん端に座るわたしの直ぐ横には、
黒っぽいコートの男性が、手摺りを掴んで立ってみえます。
手荷物の多いよろよろの方は、その隣に立たれたので、視界から消えましたが、
忙しない音は途切れなく耳に入ります。


ビニール袋のカサカサする音、
体勢を立て直そうとするのか、小刻みに移動するような音、
抱えたものを落とす音、
屈んでガサゴソ拾う音。


あ!わたしの目の前にどっしり重そうな紙パックのお茶がドサッと落ちてきました。
拾うべきか?一瞬ためらったので間に合いませんでした。
不器用ながらもご自分で拾われました。


席を譲るべきか否か?
でも、今日は腰が痛いし…立ちたくない


周りを見ると、特に気に留めている方はいないようです。
隣に座る人をチラッと見ました。
スマホに目を落とし、平然としてみえます。




下車するまでの短い時間、躊躇い続けました。
次の駅に着いたら別の車両に移動しよう…何度も思いましたが、
金縛りにあったようで、動くことができません。
忙しない音に気持ちがザワザワし続けました。


途中でハッと気付いたのですが、間のわるいことに
自分が座っている席はオレンジ色の優先席でありました。




フェンス越しの線路です




到着した駅のホームに降り立ち、ようやっとホッーと大きく息をつくことができました。

乗車前

駅の券売機でTOICAにチャージしようとしました。
2台ある券売機の前には、どちらも数人が並んでいます。


片方に並びました。
春休み中の中高生くらいの女の子3人が券売機の前で固まっていました。


様子を窺うと、直ぐに切符を買うでもなく、何となく行き先を決めかねて
顔を寄せ合い、その場で相談しているようなのです。


(え!ここで相談する?それほどでもないけど急ぐんですけど?)


困ったな…



『先に買わせて』


とは言いづらく、我慢して待っていました。


やっと行き先が決まったようで、行き先ボタンを押そうとする1人の女の子。


やれやれと胸を撫で下ろしたのも束の間、
直前で迷いが生じたのか、ボタンから指を離し、再びひそひそ相談。


ときどき、チラッとこちらに目をやるので、わたしが待っていることは
充分承知の上だと思います。




そのような場合は、


『お先にどうぞ。わたしたち時間かかりますから』


一言添えて
その場を一旦離れるもんだわ、頭大丈夫?




と心の中で罵りました。



やはり一本乗り遅れました。
小走りで階段を駆け下りましたが、ホームに着いたと同時に、
電車の扉が無情にもスッーと閉まりました。


また心の中で罵りました。



降りた駅直ぐの公園では賑やかに桜祭りが開催されていました。


りんご飴、クレープ、たこ焼き、お団子、五平餅、
鮎の塩焼き、フランクフルト、串カツ…
さまざまな種類のキッチンカーやら屋台から、甘い匂い、
香ばしい匂いが柔らかく吹く風に乗って漂ってきます。


焼きそばおいしそうだな〜
幾つもある焼きそばのキッチンカーを覗きましたが、
1パック700円もするので、びっくりして、また心の中で罵りました。





一粒1280円。
桜色の美しい箱に厳かに収まる一粒1280円。


試食と間違えなくてよかった、
安堵しました。


安堵したら、罵る気持ちもシュワシュワと消えていきました。