牛乳箱
その写真を投稿した翌日のことでした。
「なんかいい!!」
一言、そんなコメントが届きました。
技術も技巧もなく、心の内に刺さったものを力任せに撮っただけの写真たちです。
なぜか分かりませんが、ときおりハッとする瞬間があります。
それらを切り取り、とどめておきたくて始めたInstagramでした。
ここ最近、他の方の整った美しい写真と比べてしまい、何となく気が滅入っていたところでした。
たぶん、感じ方が違うのでしょう。
成り行き上知らせたリアルでの数人の友だちも、投稿するにつれ、
1人2人と閲覧がなくなっていきました。
何だか居た堪れないし、すこし休もうかと思っていた矢先のことでした。
どこの誰か分からない誰かにコメントするって勇気がいります。
いつも見てくださるこの方だって、行きがかり上仕方なく、惰性で『いいね』
くださるんかも、と思っていました。
もちろん、そういった場合もあるかもしれません。
でも、励まされました。
「なんかいい!!」
励まされました。
下がりかけていた時でしたから、タイミングよく励まされました。
もしかして、広い世の中、変わった人もいるかもしれない、と思い直しました。
同時に、最初の気持ちを思いだしました。
人にどう思われようが、自分がハッとした瞬間を何らかの形で切り取りたい。
誰とも比べない。
コメント嬉しかったです。
どこのどなたか存じませんが、ありがとうございます。
また、時々コメントくださる方々、ご覧くださる方々、
ありがとうございます。
とても嬉しく思っています。
こちらのブログの存在は明かしていませんので、正直な気持ちが届くことはありませんが、
勝手にひっそりと感謝しています。
ずっと以前に投稿して、何度も見返している写真です(アホ)


日暮れ前でした。なんとも心細い気持ちで線路沿いを歩いていました。
朽ち果てた家の扉の脇に、もう使われなくなった牛乳箱がポツンとひとつ。
清冽な早朝の空気の中、カチャカチャ音を立てて自転車に乗った少年が今日もやってきました。
いつもの場所で自転車を止める少年。
2本の牛乳を取り出した彼は、黄色い牛乳箱の蓋を開け、なるべく音を立てないよう牛乳瓶を箱にそっと収めるのでした。
見たこともないそれらの記憶が蘇ってくるような、西陽に照らされた牛乳箱でした。
そのとき抱いていた心細い気持ちと共に、牛乳箱の光景を大事に切り取りました。