この町内の片隅から

よく分からない

イングリッシュマフィン

弾むような賑やかさと共に玄関の扉がガラリと開きました。
買い物に出かけていた母と、3歳下の妹が帰ってきたようです。



わたしが小学校高学年くらいの頃だったでしょうか。



なぜひとりで留守番していたのか分かりませんが、
おそらく誘われただろうに、なんとなく『ヒネタ』思いが湧き上がり
『行かない!』と断ったんだろうと思います。



自由なのに、誰にも何も言われないのに
TVを観ていてもマンガを読んでいても全てが上滑りしていくようで
あまり楽しい気分になれませんでした。



口の重いわたしと居るより妹と居る方が楽しそうに見える
母と、明るく屈託のない妹に挟まれると、自分の居場所がなくなるような
落ち着かなさを感じるようになっていました。


本当は一緒に行きたいのに、避けたのだと思います。






台所に置かれた買い物袋の中を覗きました。
珍しくパンの袋があります。



『イングリッシュマフィンって焼いたらいいのかな?何と一緒に食べようかな?
たのしみー』



手を洗う水の音に混じって、洗面所から妹のわくわくする声が聞こえてきました。


弾む声を聞いた途端、サッと手がパンの袋を掴んでいました。
掴んだまま黙って自分の部屋に持って行きました。
食べたかったのではありません。
素直に自分の気持ちが出せない自分が、素直で明るい妹に
そのとき強烈に嫉妬したのです。




袋ごとパンを潰しました。


(なんだ!こんなもの!何がイングリッシュマフィンだ!日本語で書け!)
ぐちゃぐちゃに潰しました。
あ!しまった!勿体無い…そう思って少しは口に入れたかも知れません。
ぐちゃぐちゃにして、どこに捨てたのか覚えていません。




『…おかしいねー?パンの袋がないよ?』


台所から声が聞こえました。


心臓がドクドクいう音が聞こえるくらいでした。
黙っていました。
知らん顔していました。




あの時に限って、何故あんなに嫉み心が噴き出したのか、よく分かりません。




パンの袋を潰しながら、涙がでました。
わるいと分かっていながら、それでもあの時の自分は、それを潰さざるを得なかったのです。それ以外で自分の気持ちを収める方法が分かりませんでした。




母にも妹にも他の家族にも何も聞かれませんでした。


母は、気づいていたと思います。
黙って見過ごしてくれたのだと思います。



このパンだったのか定かではないです。思いだすので、これは
できるだけ手に取らないようにしているのですが、すごくパンが食べたくなって、
でも、見切り品のパンがこれしかなかったので久しぶりに購入しました。


夏野菜の煮込みと一緒にいただきました。
(ラタトゥユとかいうものです)


少しだけ苦い味がしました。
今ごろ罰が当たったのでしょうか?
少しだけ胃が痛みました。




妹は頼りになります。今では大体なんでも話せます。
何度流れても諦めずに妹を産んでくれた母には感謝しかないです。
こんな風に思いだす日が来るなんて…