この町内の片隅から

よく分からない

ある侍女の告白 其の弐 彦星

あさこ
織姫の父である天帝さまから呼び出しがあり、
ぎゅっと心臓を掴まれたような心持ちになった。


身に覚えがある…ありすぎる


うまくやってきたつもりだが、天帝さまの目は誤魔化せなかったか?
仕方ない…重い足取りで呼び出しに応じた。


ある侍女の告白 - この町内の片隅から 
 



『まぁ掛けたまえ』


予想に反して、天帝さまから怒りや苛立ちの色は見えない
ここは相手の出方を見ようと黙って向き合った


『織姫が下界に行きたいと言って聞かぬ、どんなに止めても言うことを聞かぬ。
知っての通り、下界には苦しみ、悲しみ、痛みなど
つらいことが多くある。
そなたたちの仲を引き裂いたわしが頼める義理ではないが、
頼りに出来るのはそなたしかおらぬ。
どうか一緒に下界に行って姫を守ってやってはくれぬか。
この通りだ』


一息にそう言うと、天帝さまとあろうほどのお方が、わしに深々と頭を
下げるではないか。


年に一度しか会えぬ織姫を裏切ってあちこちで不貞を働いていたことが
明るみになったのか?
焦りながら呼び出しに応じたので、涙がでるほど安堵した。


そうか!なんだか知らぬが織姫は下界に興味を持っておるのか
バカな女だ


素早く頭を巡らした



牛飼いの仕事など飽き飽きしている
刺激のない空の上の世界に飽き飽きしている
顔が綺麗なだけで面白くもない織姫に飽き飽きしている
空の上は揃いも揃ってお上品な女ばかりで飽き飽きしている


道徳の教科書のように品行方正で真っ直ぐで明るいココはつまらん
明るすぎていつかツルリと滑り落ちそうだ。


下界は決して楽園ではないが、ココにない刺激やスリルがあり
何よりもいい女がワサワサいるだろう。
わしみたいな人間には、ジメッとドロドロした裏の部分が必要なのだ。


できることなら、もう一度冒険してみたいと密かに願っていたが、
わしの立場で望めることではないと諦めていた。
うまい具合に向こうから話が転がり込んできたとは!
わしにも運が向いてきたのかも知れぬ


おっと!
あまり嬉しそうにしては不審に思われる


一生懸命に神妙な顔を作った


『天帝さま
どうかお顔をお上げください。
ご心配されるお気持ち、ひしひしと伝わって参ります。
織姫さまはわたしにとっても大事なお方。
そんな事情でございましたら
下界はつらいことも多うございますが、わたしの命に代えても
織姫さまをお守りする所存にございます。
たった今、覚悟を決めました。
ご安心くださいませ』


『おぉ!一緒に行ってくれるか!
そなたが側にいてくれたらどんなに心強いであろう』


何も知らない天帝さまに大いに感謝され、山のように土産を積んだ牛車に揺られ
帰途についた。


下の世界に行ってしまえばこっちのもんだ。
天帝といえど、細かいところまで見えるわけがない
隅から隅まで監視する暇もあるまい


今度も好き放題の人生を送ってやろう
人生は人に迷惑をかけてなんぼだ!
自己中バンザイだ!
ワハハハハハハハハハハ!


1人祝杯を上げて間もなく
わしは下界に降りた





暗闇の中、ぐるぐる回転しながらくるりんと外にでた
身体中がヌルヌルして気持ちがわるい
パッと明るい人工の光の下。
眩しすぎて、辺りがよく見えない
泣き叫んで疲れ、とろりと眠りに落ちた。



『わー赤ちゃんだー!かわいいねー』


甲高い声で目が覚めた


『そうよ。りんちゃんの弟よ。可愛がってね』


『はい!お母さま』


そうか、わしはこの家族の一員として下界に降りたのだな
りんちゃんと呼ばれた子どもの顔を見た。


生意気そうな女の子は、わしを見て一瞬表情を変えた。
ニヤリと不敵な笑みが、あどけない顔に浮かんだ。


(お!おまえ!もしや織姫?)


(フフン、今度は弟か!夜露死紅な!)


(マジかよ〜)


前途多難な人生の幕が上がった。