この町内の片隅から

よく分からない

異国の少女が祈る絵

あさこ

車の中からその家を見上げ、ひどく狼狽えました。


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鍵など掛かっていた試しのない勝手口をガラッと開けて
一歩中に入ると、ひんやりした土間が広がっています。
流し台、ガス台、冷蔵庫…土間の隅には風呂炊きの薪が堆く積み上げてあります。


黒光りする食器棚には大小さまざま、飾り気のない丈夫な食器が
雑然と詰め込まれています。
洗い物をしながら、ふと顔を上げると、タイル張りの流し台のすぐ上に設えた
小窓から、生い茂る夏草や庭の木々を目にすることができます。
裏の鶏小屋にいる鶏がココココ!っとその姿を見せることもありました。


収納庫の中には大きな甕がありました。
継ぎ足し継ぎ足ししてきたという『五平餅』のタレが
たっぷり浮かぶ大きな甕でした。
行くと必ず焼いてもらえる『五平餅』を思い浮かべると
思わず喉がゴクリと鳴りました。


庭先に出した七輪で、平らな串に刺した小判型のご飯を、
伯母と年嵩の従兄弟が、一本一本こんがりじっくり焼いてくれます。
胡桃やら胡麻入りのこっくりしたタレを、こんがり焼いたご飯に
絡ませた五平餅は絶品でした。


広々とした土間の台所に続く茶の間には大きなちゃぶ台。
銘々の食器を仕舞う引き出しが付いているちゃぶ台が珍しくて、引き出しを
開けたり閉めたりしました。
長年使い込んできたものなのでしょう。
くすんだ渋い薄茶色のどっしりしたちゃぶ台でした。


茶の間の片隅には、これまた使い込んだ風の茶箪笥がありました。
幾つも付いている小引き出しのひとつに、豆菓子やら煎餅やら羊羹やら
チョコ菓子がたっぷり忍ばせてあることを知っています。

ご飯が済むと、無口な伯父がよっこらしょと立ち上がります。

小引き出しから無造作に掴んだ菓子を菓子皿いっぱいに盛るために。


『たんと食えや』

なんと優しい口調だったでしょう。


冬になると、茶の間の真ん中に掘り炬燵が置かれます。
深い底が怖くて、恐る恐る足をいれたものです。


廊下の向こうには、どこまでも続く畳の部屋が幾つもあります。
いちばん奥の部屋は、その向こうが静まり返った竹藪だったこともあり、
真夏でもひんやりと薄暗い部屋でした。
広々した畳の部屋に1人でいると妙なものが寄ってきそうな気がするので、
そそくさと皆んなのいる茶の間に戻るのが常でした。


キーンと冷たい水が飲める井戸がありました。
祖父がよいしょよいしょとポンプを押して清冽な水を汲んでくれました。
井戸の向こうにはふた部屋の離れがありました。
家族で泊まりに来たときは、いつも離れを使わせてもらうのです。


その夏は、妹と2人1週間ばかりお世話になりました。
小学校の低学年だったと思います。
離れではなく、母屋の祖父の部屋で休みました。


毛羽立ちかけて薄茶に変色し始めた畳。
庭に面している8畳ほどの和室です
沓脱石を踏み、鍵の掛かっていないガラス戸をガラガラと開け、
庭から祖父の部屋に入ることもできました。


祖父の部屋の壁に一枚の絵が飾ってありました。
4号ほどのつつましい絵でした。
目のぱっちりした、短めの金髪がくるくる波打つ異国の少女が
助けを求めるような目で跪いています。
両手をしっかり組んで、目の前に立つマリアさまに向かって
真摯な表情で一心に祈る絵です。


日本の田舎の古い家には、少しばかり場違いな絵に思えました。
そこだけが奇妙な空間でした。
どこでこの絵を手に入れたのでしょう。
祖父の部屋に入るたび、ふしぎに思うのでした。


井戸の水を汲んでくれた祖父も、『たんと食えや』が口癖だった伯父も
逝ってしまいました。


頭の中に懐かしいその家を思い浮かべながら、何年かぶりに母の実家を訪れました。
広い庭に停めた車の窓から家を眺めて目を疑いました。
あまりの変貌ぶりに狼狽えました。


しばらく訪問しないうちに、建て替えが行われたのです。


(そうだったのか…全然知らなかった)


きちんと鍵のかかる滑りのいい玄関。
コンパクトで必要なものが必要なだけ並ぶ台所。
大きなソファ。大画面のTV。
暑さを遮るエアコン。
ツルツル光るフローリングの床。
現代的で小洒落た二階建ての家に鮮やかに変貌していました。


(そうか…あの家はもうないのか)


きれいで整っているけど、馴染みのない家を後にしてから気づきました。


そういえば、異国の少女が祈る絵はどうしたんだろう…と。



道の駅で、大好きな茗荷寿司と、毎日でも食べたいからすみと、
よもぎ餅を買って帰りました。