この町内の片隅から

よく分からない

グレーテルの野望

あさこ

たった今、パンの焼き具合を確かめる魔女を蹴り上げ、
真っ赤に燃え盛るカマドにぶち込んでやった
渾身の力で扉を閉める。


『ギャーーー!』


この世のものとは思えぬ恐ろしい叫び声
仕方ない
ヤらねばヤられていた


タラリと伝う汗を乱暴に拭って息をついた



〜〜〜※〜〜〜※〜〜〜※〜〜〜※〜〜〜※〜〜〜



右を向いても左を向いても前も後ろも鬱蒼とした森
陽は傾きかけ、あちこちで不吉を告げるカラスの鳴き声がする。


『帰り道が分かるように目印をつけながら歩いてきたんだ。大丈夫。
すぐ家に帰れるよ』


飢饉の年、両親に森に置き去りにされた。
頼れるのは兄のヘンゼルしか居ない
ヘンゼルの言葉に縋り付いたが、
希望は粉々に打ち砕かれた。


パン屑なんか、鳥や獣にすっかり食べられるに決まってるじゃないか
目印になる訳ないじゃないか


苛立ったが、辺りにどんな獣が潜んでいるか分からない
暗闇が迫るこんな場所で
声高に言い争っていては危険だ。
罵りたい言葉をグッと呑み込んだ。


明るくなってから動いた方がいい
とにかく寝る場所を!と思ったときだ。
前方にボンヤリと現れたのは小さな家。
暗闇に目が慣れて視界に入ってきたのだろうか


それは、突然ポッと浮かび上がったかのように見えた。


『グレーテル!家だ!家がある。助かった』


感嘆の声を上げ、いきなりその家に向かって走ろうとする
ヘンゼルのシャツをグイッと掴んだ。


『こんな森の中に家があるなんて変じゃない?
誰が住んでるか分からないじゃない?』


しかし、空腹に耐えかねたヘンゼルは止めるのも聞かず
小さな家に向かって一目散に走った。


『グレーテル!これ!食べ物だ。甘い!おいしいよ』


ぽっかり灯りが点る小さな家の壁をむしり取って次々と口に運んでいる
よく見るとそれはパンやら甘い焼き菓子やらがぎっしり敷き詰められた壁だった。


いやおかしいでしょ?
お菓子の壁なんて怪しすぎでしょ?
雨が降ったらおしまいでしょ?
警戒心が全くない兄に
絶望した。


やはり、わたしたちは魔女に捕まった
お菓子の家はオトリだったのだ。


(画像はお借りしました)



毎日毎日、従順なフリをして隙を狙っていた
そしてついさっき、魔女をカマドにぶち込むことができたのだ。




さて、これからどうしたらいいだろう
継母と継母の言いなりの父が住むボロ家に帰ったところで
わたしたちを森に捨てた彼らに歓迎される筈がない。


何か助けになるものはないかと、家探しを始めた。
絶対に入ってはいけないと言われた部屋のドアをこじ開けて入ってみたら
中には金銀財宝 
見たこともないキラキラした石がごろごろ転がっていた


何だか分からないが、きっと値打ちのあるものに違いない
何だか分からないが、ホンモノだと確信した。


ヘンゼルのバカには黙っていよう。




わたしたちは、その家を拠点に裏の畑で野菜を作り、
パンを焼き、鶏を飼って自給自足に近い生活を始めた。


ヘンゼルはこの生活に満足しているようだが、
わたしはいつもチャンスを伺っていた。




白雪姫の情報が本当ならば、もうじき森の向こうから
道に迷った何処かの国の王子がここを訪れる筈。
7人の小人は用意できないが、誤魔化す自信はある。
わたしは白雪姫なんかより百倍も千倍も魅力的だ
王子がどんなヤツだろうと、捕まえて媚でも色でも売って
そいつを踏み台にのし上がるのだ。


綺麗なドレスを取っ替え引っ替え着てみたい
煌めく舞踏会で踊ってみたい
大勢の人に注目されたい
美しく生まれたわたしが、こんな森の中で燻っているのは宝の持ち腐れってヤツだ
権力というものを掴むのだ
根拠のない自信だが、わたしには価値がある
わたしを…貧乏だからとわたしたちをバカにしたヤツらを見返してやる


それが幸せなことなのかどうか、
やってみなければ分からない




金銀財宝宝物は何箇所かに分けて隠した。


いざという時の御守りになる
孤独な心の支えになる


絶対誰にも言わない
自分以外誰も信じない



〜〜〜※〜〜〜※〜〜〜※〜〜〜※〜〜〜※〜〜〜



『それで、王子はきたのか?』


黙って聞いていた息子に問われました。


『あぁ来たよ。7人の小人が居ないから、へんだなって思ったけど
グレーテルがあまりキレイで素敵だったから、コイツでいいやって
城に連れ帰ったよ』


『グレーテル、よかったね』


『華やかな表舞台に立つことができたグレーテルは、望むもの
全てを手に入れることができました。
全てを手に入れた彼女でしたが、その心はいつも
カラカラに干涸びていました。
もっと欲しい!もっともっと!
際限のない『もっと!』にいつまでも苦しめられました。
誰も信じられず、一時も心が安まることがありませんでした。


アホだけど、裏表のないヘンゼルとふたり、
鶏や畑を相手に静かに暮らしていた頃がいちばん幸せだったかも…
息を引き取る前に、ようやっとそれに気づいたのです…
いつもガチガチの鎧をまとって、腹を割って話せる友だちの1人もおらず、
さみしい人生だったと、一筋の涙を流したのでした。


終わり。もう寝るのだ』




小学校高学年まで続きました。


まともな読み聞かせもしましたが、
ときどきその場限り、
話が勝手に飛ぶのでした。



大人になった彼らは何も覚えていないでしょう