この町内の片隅から

よく分からない

菓子折り

文字通り、血の気が引いた。
先程から、誰か後をつけてくる気配を感じていたので、
走って逃げたかったが、幼子2人抱えていては思うように身動きが取れない。
ましてや1人はベビーカーの上だ。


人気のない高架下の商店街で、
私を追い越したその人は
くるりと振り返って、射るような目でこちらを見た。


『奥さん、奥さん、かごの中の商品、お支払いされましたか。』


結婚して家のことを任されはしたものの、家計の管理は全て義父が握っていた。
月々の収入も主な支出も知らされない。
買い物に行く度に、必要な金額を義父から渡されるのが常だった。


その日、晩ごはんの食材を選んでいる時、
おもちゃ売り場に目を留めた上の娘が
色鮮やかに装飾されたおもちゃの『柄杓』がほしいとねだった。


いつも大人しいこの子がモノをねだるなんて珍しい、
買ってやりたい。
しかし、余分なお金はない。


(お金が余るといいけど…)


そう思いながら、


『ごめんね。お金が余ったら買ってあげるね。』


うちの事情を知ってか知らでか
素直に


『わかった。』


と娘は頷いた。




食材をレジに通したら
有難いことに、おもちゃの柄杓が買えるくらいのお金が余った。


『好きなの持って来ていいよ。』


にこにこしながら娘が選んだ柄杓を手に
再びレジで支払いをした。




もしかしたら、2度に分けての支払いが疑惑を生んだのかもしれない。


義父から預かった範囲の金額で買い物をすれば文句を言われることもなかったので、
レシートが発行されても、捨てるか何処かに紛れ込むことが多かった。
レシートなど気にも留めていなかった。


レシート!そうだ!レシートはあっただろうか?

のどの奥がカラカラになるのを感じながら、

買い物かごの中身を商店街の通路にぶちまけた。




もし見つからなかったら、うちで誰が信用してくれるだろう?
厳しい義父はカンカンになるだろう。
義父に頭の上がらない夫は、庇ってくれないだろう。


田舎暮らしがイヤで、都会に嫁にきたが、
ここも同じ窮屈な暮らしだ。
自由になれる時間もお金もない。
何もかもがイヤになってきた。


父に話して田舎に帰ろうか。
先日も父に暮らしの不自由さを訴えたら、


『畑を売って家を建ててやる。子どもたち連れて帰ってこい。』


と言われたばかりだ。




いろんな思いを巡らしながら、
かごの中を隅から隅まで探っていると、
クシャクシャになったレシートが2枚現れた。


涙が出そうだった。



『申し訳ありません、申し訳ありません。』


わたしを追ってきた店の人は平身低頭、平謝りに謝ったが、
そんなことはどうでもいい、
これで誰にも叱られない、その事実だけが嬉しく、
胸を撫で下ろして家に帰った。


どうやって、その人は自宅を突き止めたのだろうか。
その夜、店の責任者の男性と共に、その人は家までやってきた。
立派な菓子折りを手に。




事情を聞いた夫は怒り狂った。
元々、短気な人だが、


『こんなもんいらん!帰れ!帰れ!』


菓子折りを放り投げ、彼らを追い返してしまった。




あれは、それなりに私を庇ってくれたのだろうか。


今でも、立派な菓子折りの中身が気になって仕方ない。




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高架下の商店街で、若かった母が、見知らぬ男の人に
厳しい口調で呼び止められたことは、薄ぼんやりと覚えています。


その夜の来客に父が怒り狂っていたことも覚えています。


先日、実家を訪れた際、事の顛末を聞きました。



問題はそこじゃないですが、
わたしも立派な菓子折りの中身が気になります。


そのスーパーはもうありません。
商店街も寂れてしまいました。





おまけ



『何事も気にすんな』
トボけた顔



ういろがあれば、それで何もいうことはない
(素朴な芋ういろ)