この町内の片隅から

よく分からない

不二家ハートチョコレート

いつ降ってきてもおかしくないような鉛色の空でした。
その頃所属していた、サークルの友だち2人と
お茶を飲んでの帰り道でした。




朝から心に引っ掛かっていたことが思わず言葉になりました。


『この近くに◯◯くんのアパートがあるよね』
(同じサークルの◯◯くんです)


『あ〜そうだったね、まえに行ったことあるね』


『…』


黙って俯くわたしから妙な気配を感じたのか
1人が、


『えっ?あの…もしかして?』


『うん、誰にも言ってないけど、今日この辺りで集まるって話だったから、
チョコ持ってきてるんだ』


びっくりして大いに張り切った2人はわたしを促して、
アパートの前まで着いてきてくれました。




シンと静まり返る共同玄関で靴を脱ぎ、
ギシギシ軋む階段を一段ずつそろりそろりと上がり、
突き当たりの部屋の前に立ちました。


たぶん居ないだろう
居たら困る
まぁここに置いとけばいいか


ドアの前に、チョコをひとつ置きました。


洒落た包装紙にも包まれず
剥き出しのまま
添え書きのひとつもないチョコを1個
無造作にポンと置きました。


それは、誰かがうっかり落としたように見えたかもしれません。





それで気が済みました。
誰からのチョコなのか分かる筈がありませんので、
もちろん返事もお返しもなかったです。


何処かの菓子屋が作った年中行事に乗っかって、気まぐれに
艶めいた真似事をしたかっただけかもしれません。


置き去りにされたチョコは、そこら辺のスーパーで買った
1個が80円くらいだったでしょうか。
ピーナッツがぎっしり詰まって食べ応えのある
不二家ハートチョコレートでした。


お返しが無くても、それほど悔しくない金額です。


誰かにプレゼントしたのは、それがはじめてだったと思います。
いえ…よく考えたら最初で最後だったかもしれません。
(義理チョコ除く)


19か20の頃でした。