この町内の片隅から

よく分からない

かつ丼定食

オレは売れない漫画家である。
名前はまだない。
よって実入りも…悲しい。
いつか芽が出ると信じて精進する日々だ。
月にいちど、この店でこの定食を食らうことがオレの数少ない楽しみのひとつだ。


オレはひとり静かに孤独を背負いながら、ここのかつ丼定食を食らいたい。
その時間は誰にも邪魔されたくない。(孤独のグルメ?)
だから人が少ない時を見計らって、訪問するのだが、
今日は何ということだ!


オレのいちばん苦手な『オバハン』連中がザワザワ連れ立って入ってくるではないか!
お願いだから遠くに行ってくれ。
オレの時間を邪魔しないでくれ。
静かにソッと大切に食いたいのだ。
願い空しく、ヤツらは斜め前の席を陣取りやがった。
まぁ狭い店だからな。


仕方がない、気にせず食べることに集中するのみ。


しかし、いつ来てもここのはうまい。
トロッと甘辛卵に絡む肉厚のとんかつ。
タレがジュワっと染みたご飯は、それだけでも大したご馳走だ。


ポテトサラダと胡瓜のぬか漬けと豆腐のみそ汁は最高の脇役だぜ。


…あ!何ということだ!
突然、オレの箸から甘辛卵に塗れた一切れのかつがポロっと落ちた!
床に落ちてしまった!
予期せぬオバハン連中の来店にやっぱり気が動転してたのか?オレ?


オレは動揺した。
勿体ない。
ここに来るためだけに1ヶ月頑張ったのに。
こんなことで諦めたくない。


問題は、人の目だ。
斜め後ろのオバハン連中はこっちを見ていない。
他に客もいない。
誰も見ていない、きっと…たぶん…


赤ちゃんは目についたモノを片端からペロペロ舐めて育つと言う。
さまざまな雑菌を体内に入れて免疫力を上げるためだ。
オレは赤ちゃんではないが、免疫力が上がるかも知れない。
追い詰められた時は、いいことだけを考えるんだ。


オレは意を決した!


サッ!グワッシ!


パクッ!


うまい!
落ちてもうまい!
免疫力もアップした!…かもしれない…?


全てを平らげてオレは静かに店を出た。
一時はどうなるかと思ったが何とかなるもんだな。



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その日、遅い時間になってしまったので、友だちと連れ立って駅近の
適当な食堂に入りました。
わたしの斜め後ろでは、ちょっともじゃもじゃ頭のオタクっぽい男の人が
おいしそうな定食を召し上がってみえました。
目の端で見るともなく、そちらを見ると
何ということでしょう!
一切れのかつを床にポロっと落とされたのです。
あまりの悲劇にこちらまで動揺しました。


一瞬の躊躇いの後、お箸でサッと拾ってポイっと口にされました。
もちろん、見てないフリです。


よかった、わたしも安堵しました。


何処のどなたか存じません。
事実に基づいたフィクションです。



年間最安値、生協のロースとんかつ、注文するか否か迷っているうちに
締め切り時間が過ぎてしまいました。