この町内の片隅から

よく分からない

黒猫

あさこ

スーパーの裏口で真っ黒い塊を見つけハッとしました。


(驚くことはない、ただの猫の塊だ)


なんだ、猫だったのか
そろそろと近づきましたが、逃げるでもなくジッとしています。


(それは何というものだ?その小さい四角いもの。
四角いものに目をやりながら歩くヒトをよく見かける)


スマホで写真を撮ったら、問われました。


(何と言いましょうか?速やかに情報を得ることができたり、
分からないことをすぐ調べることができたり、
何処にいても、すぐ連絡が着いたり、
このように写真を撮ることもできたり…

うまく説明できなくてすみません)


(それは楽しいのか?)


答えに窮していると


(ふしぎに思っていた。わしは何も持たぬ。
着るものも住むところもない
身の回りのこと以外、何も知らぬ。
ヒトはそれでは足らぬのだな)





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情報が多すぎることで、しんどさに拍車がかかる面があります。
どこに真実があるか、見極めることが困難です。


情報が心配のもとであり
また、安心のもとでもあります。
まさに諸刃の剣です。


本当はそれほど何も知らなくても大して問題は
ないかもしれません。
すぐ返事がなくても困ることはないです。
道に迷ったら迷った景色を楽しめばいいのです。


四角いものを使いこなす力量もないのに持ってしまったこと、
空恐ろしくなります。


情報でもモノでも溢れさせているのは
真実に気づかせないためかもしれません。
いつも心が忙しくざわざわしていては、
真実に気づくこともできないでしょう。


一旦、そこにハマったら抜け出るのは容易ではありません。


この世界は贅肉だらけに見えます。



問うておきながら、すぐ興味を失ったようです。
黒い塊は、魚屋さんの裏口で大人しくご飯を待っていました。


何も持たず、必要以上のことを知らず、知る必要もなく、
淡々と生きる黒い塊はすっきり潔く見えました。