この町内の片隅から

よく分からない

廃屋と洗濯機とねこ


廃屋の裏手に広がる空き地。
いつの頃からか、ここに洗濯機が放置されています。


寂しげに佇む洗濯機が気に掛かるので、ときどき遠回りをするのですが、
その日、通り過ぎようとしましたら


洗濯機の向こうに何かいる!



近所の飼い猫なのか?
住み着いているのか?



暫し見つめ合う1人と1匹
微かに緊張が走ります。


(よう来たな。弥生3月、今日という日を待っておったぞ)


猫の囁きがスルスルと頭に流れ込んできます。
畏怖の念を抱き、思わず跪きそうになりました。


(今日という日を分かっていらしたのですか)
それには答えず、


(面を上げよ)


そろそろと一歩前に足を踏み出します。
猫は身じろぎもせず、こちらを見下ろしています。


(そのお姿をお撮りして宜しいでしょうか)


(構わぬ)


洗濯機の向こうで置き物のようにジッとしている猫をパチリと一枚。
枯れ草に足を取られそうになりながら、
一歩二歩と近づき
もう一枚パチリ。



(あと少しだけ、そちらに参っても構わないでしょうか)


(構わぬ、近う寄れ)


それでも、遠慮しつつ緊張しつつ
そろりそろりと近づき
パチリ!



最後に思い切って大きく一歩踏み出して
パチリ!



(ありがとうございました)


礼を述べようとしましたが
最後の一枚を撮り終えた瞬間、
彼はヒラリと身を翻し、彼方へと去っていきました。


わが決断に悔いあり


その夕方、最寄り駅の構内にて地元の飲食店の
出店イベントがありました。
ケーキ、和菓子、お酒、居酒屋風お惣菜…
ちょっとした立ち呑みテーブルの用意まであります。


おいしそうだけど、高そうだな…
賑わい始めた屋台を横目にサッサと通り過ぎようとしたところ、
いちばん端の屋台に食べ物でも飲み物でもなく
本だけがズラリと並べてあるのに気がつきました。


文庫本、ハードカバー、絵本などがぎっしり並べてあります。


パッと目を引いたのは
赤い表紙の文庫本
谷崎潤一郎『痴人の愛』でした。


懐かしさに思わず手に取り、パラパラとページを捲りました。


しばらく迷いましたが、
もしかしたらウチの本棚に収まっているかもしれない、
そう思い、購入に至りませんでした。



18か19で初めてこの本を読んだとき、


(実直に生きてきたのに、たった1人の女に人生狂わされて、
なんてバカなんだろう。気持ちわるい 
ベタベタと未練たらしく気持ちがわるい)


もう粗筋はおぼろげですが、
吐きそうなくらい嫌悪したことを覚えています。






駅からウチまでの道を歩きながらぼんやり思い返しました。


(でも、人生狂わされるほどの女に出会えた主人公は幸せだったんだ。
人生狂っても構わないほどの人に会えたのは幸せなんだ。
最期まで気づかず、狂わされたままだったらそれでいいのだ)




ときどき違和感を感じながらも、刷り込まれた形を幸せ?と思ってきました。
思わされてきたのかもしれません。


狂ったように見えても、道を踏み外しても(ある程度の条件付きで)
他人の目に気持ちわるく映っても
そういう幸せもあるかもしれない



やはり買えばよかったです。



『わが決断に悔いあり』

この2冊買ってしまいました。

イワンのばか


『マンション内で、リフォームされるお宅が数軒あるんですよ。
さらに何軒かまとまると、かなりお安くなります。
来月までの期間限定なんですが、いま、ご一緒にされるお宅を募っているので、
訪問させてもらいました』


『実は、先日あるお宅の浴室工事に入ったんですが、
タイルを剥がしてびっくり、排水管がぼろぼろで腐っていたんですよ〜』


『え!いちどもリフォームされてないんですか!』




週末の夕方、突然現れたリフォーム専門店の名刺を持つ若い男性は、
玄関先で澱みなく流れるように説明をされました。


よそのお宅で始まるリフォーム工事の案内かと思って玄関を開けたのですが、
長々とした説明はなかなか終わりそうにないです。


3月も半ば近いのに、朝から冷たい風が吹き付ける寒い日でした。
薄闇迫る頃、北側の玄関先は、昼間よりもっと凍える寒さです。


震えながら聞いていましたが、
突然の話で、即答することができません。




① 期間限定、今だったら割安
② 排水管に不備がでて、水漏れなど近所に迷惑をかける虞あり
③ マンション内で、実際にリフォームされたお宅がある



それらの説明にグッと気持ちが傾きかけましたが、



① 不安を煽る言い方が引っ掛かる
② もし、水漏れしても保険に入っているのでは?
③ 浴室のリフォームという話だが、一旦中に入れたら
ここも、あそこもヤバいですよ!と
脅かされるかもしれない
④ 期間限定は焦らせる常套手段とも言える


咄嗟にそう考えると、
その場で返事が出来ませんでした。
(とりあえず、ウチで相談の上、近所の誰かに聞いてみよう)


ウチで相談、近所の方数人にお聞きした結果、今回は見送ることに
しましたが、あれこれ考えるだけで疲れました。


リフォーム専門店の方の話が『嘘』とは申しませんが、






この世の誰もが人を陥れる種類の『嘘』を吐かない
口から出る『ことば』は全部そのまま受け取ることができる
何も疑わなくていい世界


『お金』の概念、『所有』の概念のない世界だったら
騙し騙されることもないだろう
パスワードも家の鍵もいらない

それはどんなに気楽で便利な世界だろう?






疑うことは疲れます。
自分も汚れた気持ちになります。
今、疑わざるを得ないことが多いです。




世の中一見して、便利になったようで、実は自分たちを縛るものが増え、
溢れる情報に疑うことが増え、複雑怪奇、
逆に不便になっているのではないかしら?




考えても何ともならないことで、足りない頭がパンパンになりかけると、
1人静かに歩きに行きます。


頭を空っぽにしたくて


本当は、それも持たない方がいいと分かっていますが、
ときどきハッ!と突き刺さる光景を撮りたいが為に、
スマホを持って歩きに行きます。




居酒屋の外壁

その日を待つ桜並木



 子どもの頃読んだ時は(変な話?つまらん)
そう思いましたが、妙にザラザラといつまでも心に残る話でした。

読んでも読まなくても、どんなときもこの本は手許にありました。
この世界こそが
究極の幸せかも?
思い、読み返しています。


 トルストイ作『イワンのばか』